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東京地方裁判所 昭和30年(行)122号 判決 1957年4月18日

原告 日興通商株式会社

被告 東京国税局長

訴訟代理人 滝田薫 外三名

主文

本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は第一次請求として「被告が別紙目録記載の各建物につき昭和三十年十二月二日なした公売処分はこれを取り消す。」との判決を求め、予備的請求として「被告のなした別紙目録記載の甲建物に関する昭和二十八年十月五日附差押処分及び同乙建物に関する同年十二月十二日附差押処分は、いずれもこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

(1)  別紙目録記載の甲の建物(以下甲建物と略記する)は、原告が昭和二十七年十一月十五日訴外東京証券金融株式会社(その後商号を全日本相互株式会社と変更した。)から買い受けたものである。原告は以後同社から賃料の支払を受け、小石川税務署や千代田税務事務所に対しても原告の財産として申告し、右建物に関する公租公課を角担している。ところが所有権移転登記手続が未了の間に、被告は右東京証券金融株式会杜の国税滞納に因り、昭和二十八年十月五日附で甲建物を差押えた。

又別紙目録記載の乙の建物(以下乙建物と略記する)は、目下建築中の未完成建物であるが、同じく原告の所有に属し、ただ原告と前記東京証券金融株式会社との契約により、建築許可申請及び河野建設株式会社との請負契約は更京証券金融株式会社の名義をもつて行うが、建築の完了次第原告の所有権の保存登記手続をすることになつていた。そして請負契約金はすべて原告から直接河野建設株式会社に対して支払われていたのである。然るに被告はこれを東京証券金融株式会社の所有建物と誤認し、昭和二十八年十二月十二日附で差押処分をなし、同月十五日同社に代位して所有権保存登記手続を了した上差押の登記手続をなした。

そして被告は甲乙両建物につき昭和三十年十二月二日公売を執行し、訴外株式会杜後楽園スポーツ会館が落札した。

右のとおり甲乙両建物とも原告の所有に属するにも拘らず、これが前記訴外東京証券金融株式会杜の所有に属するとしてなされた本件各差押処分及び各公売処分はいずれも違法であり、取り消されなければならない。

(2)  本件公売処分において本件各建物を落札した前記訴外株式会社後楽園スポーツ会館は、昭和三十年十二月九日設立登記を了したものであつて、同月二日の落札の時には法人として存在せず、入札その他一切の法律行為をなし得る能力を欠いていたのであるから、右公売処分は無効であり取り消されるべきである。

よつて、被告に対し右(1) 及び(2) の理由によつて本件公売処分の取消を求め、予備的に右(1) の理由によつて本件差押処分の取消を求める。

二、被告指定代理人は先ず原告の第一次請求及び予備的請求に対し主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として次のとおり陳述した。

原告は、被告が甲乙両建物につきなした差押処分並びに公売処分の各取消を求めているが、右各処分に対する審査の請求を経ていない。もつとも原告は昭和三十年十月五日に甲乙両建物が原告の所有に属することを理由として被告に対し国税徴収法第一四条に基く財産取戻請求をなしたので、被告は検討の末同年十月十八日これを棄却したところ、原告はこれに異議があるとして同年十一月四日被告に対し審査の請求をした。しかし財産取戻請求の棄却は同法第三一条ノ三に規定する「処分」に当らないから、これに対し審査の請求をすることはできない。従つて右審査請求は不適法であるから、本訴は国税徴収法所定の訴願前置方式に違背した不適法な訴として却下されるべきである。

三、被告指定代理人は次いで各請求につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対して次のとおり答弁した。

(1)  原告主張事実中、甲乙両建物につきそれぞれ原告主張のとおり差押処分及び公売処分がなされ、訴外株式会社後楽園スポーツ会館が落札したこと、同会社は原告主張の日時に設立登記を了したこと及び乙建物につき東京証券金融株式会社の名義で建築許可申請がなされ、かつ河野建設株式会杜と請負契約が結ばれたことは認めるが、原告が千代田税務事務所に甲建物を原告所有財産として申告したこと及び同税務事務所に対して右甲建物に対する公租公課を支払つた事実は不知。その余の事実は全部否認する。

(2)  甲乙両建物とも、もと訴外東京証券金融株式会社(昭和二十八年十二月一日全日本相互株式会社と商号を変更した。)が所有していた。同会社は昭和二十七年一月から昭和二十八年六月に至る源泉徴収所得税等合計二一、八九二、〇六五円を滞納したので、小石川税務署長は右滞納を原因として甲建物につき昭和二十八年十月五日、乙建物については同年十二月十二日にそれぞれ差押処分をなし、前者は同年十月六日、後者は同年十二月十五日、それぞれ差押登記がなされた。その後被告が右滞納処分の執行を引き継ぎ、昭和三十年十二月二日の公売期日に訴外株式会社後楽園スポーツ会館が両建物を合計一五、四二一、〇〇〇円で落札し、同月九日公売代金を納付したので、即日本件各建物の所有権移転登記手続を了したものである。

(3)  設立中の会社に法人格の存しないことは原告の主張するとおりであるが、設立過程における会社は、その会社設立の目的の範囲内においては行為能力を有するものと解すべきであり、その目的の範囲内において発起人のなした行為は、設立中の会社の行為として会社成立と共にその効力が当然会社に帰属するものと解すべきである。本件において、落札人たる訴外株式会社後楽園スポーツ会館は、昭和三十年十一月六日から同月二十八日に当る間三回に亘り発起人が会合して設立のための準備を行い、同年十二月二日第一回発起人会議を開いて会社創立を決議し、発起人総代として多賀安郎を選任し、同月六日設立登記を申請し、同月九日設立登記を完了し、ホテル及び食堂経営、室内各種運動競技場施設の賃借並に運営、室内各種運動競技其の他の興業並に仲介を目的とする法人として発足した。そして本件公売処分における入札並びに代金納付は共に発起人総代である多賀安郎が株式会社後楽園スポーツ会館の名においてしたものであるから、同人の設立中の会社のため同会社を代表して行つたことが明らかである。かような会社財産取得行為が会杜設立の目的の範囲内であることは言うまでもない。従つて右行為の効力は会社の行為として会社成立と共に当然右会社に帰属したものであるから、その目的の範囲内で行為能力を有する前記設立中の会社が本件建物を落札したことは本件公売処分を違法ならしめるものではない。

仮に前記訴外会社の本件建物の買受行為がその設立目的の範囲内でなく、従つて設立中の会社の行為とみられないとしても、本件公売処分は以下の理由によつて適法である。即ち、国税徴収法に基く公売処分もその本質は強制執行であるから、民訴訟法上の強制執行と同様、公売行為における買受人が何人であるか、実在するか、架空人であるか等は、その重要な部分ではなく、むしろ公売手続が適法であつたか、価格が適正妥当であるか等が要素とされるべきである。本件においては、訴外多賀安郎が会杜名義を用いてその代表者として行為したに過ぎないから、たとい会社の行為能力が否定されても、同人が無権代理人と同視される地位において落札したものと解すべきであり、その効果も同人に帰属することとなるから、全くの虚無人に対してなしたものとはならず、何等違法な処分と言うことはできない。

右のとおりであるから、本件各差押処分並びに公売処分には何等違法のかどはない。

四、立証<省略>

理由

一、訴願前置要件について。

被告は、原告は本件訴につき国税徴収法第三一条ノ三所定の審査の決定を経ていないから、本件訴は同法第三一条ノ四第一項の規定に違背し不適法である旨主張する。しかし、原告が昭和三十年十月五日被告に対し同法第一四条の規定に基く財産取戻請求をなし、被告が同月十八日これを棄却する決定をなしたことは、被告の自認するところであつて、右棄却決定は行政事件訴訟特例法第二条にいう訴願の裁決に該当すると解すべきであるから、被告の右の主張は理由がない。

即ち、国税の賦課徴収に関する処分又は滞納処分に関して異議のある者は、国税徴収法第三一条ノ二又は第三一条ノ三の規定に従い税務署長に対して再調査の請求をなし、又は国税局長等に対し容査の請求をなし得るのであるが、滞納処分に異議のある者の内、特に差押財産につき所有権を主張する第三者に対しては、同法第一四条の定めるところにより、当該差押をなした収税官吏に対して財産取戻請求をなすことをも認めているのであつて、収税官吏が異議申立に基き再度の調査審理を行う点においては、財産取戻請求に基く場合と再調査の請求若しくは審査の請求に基く場合との間に全く区別が存しない。従つて第一四条所定の第三者は、同条による取戻請求を棄却された場合には、更に再調査の請求若しくは審査の請求を繰返して同様の手続を反覆する利益が全くないのみならず、右取戻請求を棄却する決定は同法第三一条ノ二所定の「国税の賦課徴収に関する処分又は滞納処分」には該らないと解すべきであるから、右棄却決定を受けた者は更に再調査の請求若しくは審査の請求をする必要は全くなく、却つてこれをすることは不適法であると解すべきである。もつとも、同法第三一条ノ二は、異議の対象となる処分を税務署長が行つたときは税務署長に対して再調査の請求をなすべきものとし、同法第三一条ノ三は、右再調査の請求に対する決定に不服のある者又は国税局等の職員によつて調査の行われた処分について異議のある者は、国税局長等に対し審査の請求をなすべきものとし、同法第三一条ノ四は、右蕃査の請求に対する決定を受けた者のみが取消訴訟を提起し得るものと定め、訴願手続につき原則として二審制を採用しているのであるが、再調査の請求及び審査の請求は原処分の決定通知を受けた日から一箇月以内に不服の理由を記載した書面を提出してなすべきものであるのに対し、財産取戻請求は公売決行の五日前迄に、所有者であることの証憑を具えてなすべきものとされ、不服由立の期閲及び収税官吏の調査方法につき特に請求者の利益の為めに早急な解決方法が認められているのであつて、その審理手続に二審制が採用されていないのは、かゝる早期解決の趣旨に則つたものと解するのを相当とする。従つて第一四条所定の,第三者は、その選択に従つて同条による請求又は第三一条ノ二、第三一条ノ三各所定の請求の何れをもなし得るものと解すべきであり、第一四条の請求に対する決定も、第三一条ノ三所定の審査の決定と同様、行政事件訴訟特例法第二条にいう訴願の裁決に該るものと言うことができる。

ただ、国税徴収法第三一条ノ三ノ二は、再調査の請求又は審査の請求の目的となる処分に関する事件に,ついては訴願法の規定を適用しないと規定しているので、財産取戻請求を棄却した決定については訴願法の適用があると解する余地がないでもないが、財産取戻請求の対象となる処分は、前記のように同時に再調査の請求又は審査の請求の目的ともなる処分であるから、財産取戻請求に対する決定も右法条にいう「再調査の請求又は審査の請求の目的となる処分に関する事件」に該当し、従つてこれに対しても訴願法は適用されないと解すべきである。又同法第三一条ノ四第一項は、右の処分の取消又は変更を求める訴は第三一条ノ三所定の審査の決定を経た後でなければ提起し得ないと規定しているが、前記のとおり財産取戻請求に対する決定は審査の決定と全く同一性質のものであり、又行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴はその処分に対し法令の規定により定められた訴願に対する裁決を経た後でなければこれを提起し得ないことは、既に行政事件訴訟特例法第二条が規定しているところであるから、国税徴収法第三一条ノ四第一項の規定は、単に再調査の請求に対する決定を経た者に対し更に暮査の決定を経た後でなければ取消訴訟の提起を許さない旨を規定したに止まり、財産取戻請求に対する決定を経た者に対しても、審査の決定を経由しなければ出訴し得ないものとしたものではないと解すべきである。

本件において、被告が原告に対し昭和三十年十月十八日財産取戻請求棄却決定をなしたことは冒頭説示のとおりであり、原告が本件差押処分取消請求の訴を提起したのが同年十二月七日であることは本件記録上明らかであるから、右差押処分取消請求の訴については被告の主張するような訴願前置違背の違法はない。又原告は右の訴の提起後において右差押の目的物件につき公売処分がなされたとして、該公売処分の取消を追加して訴求するのであるが、既に公売処分の先行処分たる差押処分につき適法な訴願を提起して、なおその目的が達せられない以上、右公売処分につき更に訴願裁決を経ることは徒らに時間を空費し解決を遅延させるのみであつて何等の利益も認められないから、これを経ず直ちに出訴した点については行政事件訴訟特例法第二条但書所定の正当な事由があると解すべきである。従つて本件公売処分の取消を求める訴についても訴願前置の方式に違背した違法はない。

二、訴の利益について。

原告は、別紙目録記載の甲乙両建物が何れも原告の所有に属すること及び右建物に関して被告のなした公売処分に手続上のかしがあることを理由として、該処分の取消を訴求し、予備的に、右建物が原告の所有に属することを理由として、右建物につき被告のなした差押処分の取消を訴求する。しかし、原告が本件各差押処分当時から現在に至る迄本件各建物の登記簿上の所有権者でないことは、原告の自認するところであるから、その主張する所有権をもつて被告に対抗することができない。本件には民法第一七七条の適用があるからである。

即ち、一般に国が国家目的を達成する為めに権力的手段を以て私人に対する場合はともかく、私人相互間の経済取引と目的性質を同じくする行政処分をなす場合には、取引の安全を保障する民法第一七七条の規定の適用を受けると解すべきである。国税滞納処分は国が納税義務者に対する租税債権の満足を得るために、その強制執行の方法として民事訴訟法上の強制執行手続に類似の手続により、収税官吏が債権者としての地位と執行機関としての地位とを併せ兼ねて行うものであつて、差押処分も公売処分も皆債務者の財産を換価して租税債権の満足を得ることを目的としてなされるのであり、その本質は民事訴訟法上の強制執行手続と異るところがない。従つて強制執行手続に適用される諸原則は特別の理由のない限り総て国税滞納処分にも適用されると解すべきであるから、国税滞納処分として差押処分を受けた財産につき所有権を主張する第三者は、民事訴訟法上の第三者異議の訴において所有権の自己帰属を主張する第三者と同様、その主張する所有権につき対抗要件を履んでいることを要すると言うべきである。

然るに本件において原告は甲乙各建物の所有権につき対抗要件を具備していないのであるから、執行債権者としての地位にある被告に対し、右各建物についての所有権を有効に主張し得ないことが明らかである。従つて原告は本件建物に関する被告の差押処分及び公売処分の効力を争う前提要件を欠くから、本件訴はいずれも訴の利益を欠く不適法なものと言わなければならない。

よつて本件訴をいずれも却下し、訴訟費用は敗訴当事者たる原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

目録<省略>

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